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2006.11.07 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

《香港初在住日記》(36) 中国東莞工場へ (1996.12.6 - 12.11)

【36】  1996年12月6日(金) - 12月11日(水)  中国東莞工場へ

12月6日金曜日から12月11日水曜日まで中国工場でカスタマーを交えて電子設計の仕事。
結局、日本から来たカスタマーのわがままに付き合い、休み無しの上、ひげそりの具合が悪く、帰る頃には電気シェーバーでは剃れないくらいにひげぼーぼー。みんなに笑われる。ちょっと前にも中国工場からひげぼーぼーで帰ってきた人がいて奇しくも同じ状態で照れ笑い。

出張期間中に技術部の移動の話があった。香港には数名を残して中国工場に移動するというもの。9日に香港で発表された。
僕は香港にしても中国にしても同じ外国だし、香港に来る前から中国での工場生活は別の会社で体験済み。しかもこの工場よりははるかに環境は悪い。なのでどうという思いもないが、香港人はどうなのだろう。
聞く所によると、中国工場の工場長(日本人)は露骨に香港人を馬鹿にした言動をとっていてそれを香港人も知ってるようだし。


香港返還を半年後に控えたこの頃の香港はほんとに激動期で香港人の先行き不安は想像を絶するものがありました。普段はあまり顔に出さないのですが、何かある時は不安そうな表情を隠すことはありませんでした。

日本で仕事をしていた頃、ある日本人は香港人に香港返還をどう思うかと感想を求めていました。始めは普通の表情で返事をしていた香港人も、だんだん顔が不安に変わり話題から逃げようとしているのにこの日本人、かまわずどんどん問いかけているのにはちょっとびっくりしました。
この日本人は相手の香港人の顔の変化に気がつかなかったのでしょうか...

この頃は安い人件費を求めて中国に工場を造って香港人を数名送り込む、という方法をとる会社が多くありました。今回のように中国工場移転、という部署では多くの香港人が会社を去っていくことが多かったのです。私の知り合いの日本人のところでは、異動先として深圳のど真ん中、環境としては申し分なく、さらに通勤には香港から通えるよう社用車を用意していたのですが、それでも香港人の95%がやめたということでした。

今もなお、不安から中国に行くのをいやがる香港人がいます。これにはちょっとびっくりします。
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