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2007.01.01 謹賀新年20072007.01.02 香港初在住日記(52) 中国東莞工場で(第6日)香港で同僚の結婚式が (1997.1.23)2007.01.03 香港初在住日記(53) 中国東莞工場で(第8日) 結婚披露宴の翌朝 (1997.1.25)2007.01.04 《深圳の公園》 福田区 園博園 - 花博跡2007.01.05 中国深圳初内装日記(52) 空調を買う (2005.3.8)2007.01.06 中国深圳初内装日記(53) 空調の配管工事 (2005.3.9)2007.01.09 香港初在住日記(54) 中国東莞工場から12日ぶりに香港へ-白タク初体験 (1997.1.29)2007.01.10 香港初在住日記(55) 中国工場から12日ぶりに香港へ-海鮮料理 (1997.1.29)2007.01.11 雑感 - 香港人【6】 めがね屋で2007.01.12 中国深圳初内装日記(54) リリーフした設計士 (2005.3.10)2007.01.13 中国深圳初内装日記(55) タイル張り打ち合わせ、各種売り込み (2005.3.11)2007.01.14 《新深圳の建設2007》新都心の建設 (1)2007.01.15 《新深圳の建設2007》新都心の建設 (2)2007.01.16 香港初在住日記(56) 東京出張~春節帰省 (1997.1.31)2007.01.17 香港初在住日記(57) 東京出張~春節帰省(2) (1997.2.10)2007.01.18 香港生活ファイル2007.01.19 中国深圳初内装日記(56) タイル張り (2005.3.13)2007.01.20 中国深圳初内装日記(57) 各種ノブ (2005.3.14)2007.01.21 【ハプニング】 香港の危険そうなマンションのオーナー 家主2007.01.22 《深圳生活》 羅湖区 厨安居と道具屋さん
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2007.01.01 カテゴリ: 定期記事 

謹賀新年2007



明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

平成19年  丁亥元旦 2007年






クリックしてください。




2007.01.02 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(52) 中国東莞工場で(第6日)香港で同僚の結婚式が (1997.1.23)

【52】 1997年1月23日(木) 中国東莞工場で(第6日)香港で同僚の結婚式

明日は香港で香港人同僚の結婚式がある。東莞工場にいる香港人の機構屋が明日休暇らしい。明日は帰るというので日本人上司がぼやいている。

僕は以前日本にいた頃、中国人の知り合いから、朝会社に電話があり、「今日の午後引っ越しをする」と言う。手伝いに行けなかったらその後それなりになってしまったことがある。

そういう習慣なのか、東莞工場にいる香港人は今日ほとんど帰るようだ。

今日は珍しく雨。少し肌寒くなった。

今はこういうことはあんまり感じませんが、たぶん日本人にとってはこれもびっくりの習慣でしょう。けっこう重要な仕事があってもみんな帰ります。
この日本での引っ越しの件、別のアジアに慣れている日本人はこっそり休暇を取って退社、引っ越しを手伝いに行きました。日本にいるとちょっと割り切れないものがありました。
2007年1月2日の今日の深圳はいつものふつうの火曜日。私のマンションの隣では新年早々新しいマンションの建設工事再開です。
2千数百戸ができるという大きなマンション。全部入居すれば1万人近い人が住むことになるのでしょうか・・







2007.01.03 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(53) 中国東莞工場で(第8日) 結婚披露宴の翌朝 (1997.1.25)

【53】 1997年1月25日(土) 中国東莞工場で(第8日) 結婚披露宴の翌朝


香港人の仕事の相棒は昼前にやってきた。披露宴は深夜1時まであって2時に寝たそうだ。
「今日7時に起きたのか」と聞くと「Yes」とにやにやしている。うそつけ。それならもっと早くここにつくはずだ。もっと遅く起きたのだろう。ま、楽しそうな顔をしているからよかった。

夜、相棒とビリヤードをする。今日もなかなか調子がいい。1勝1敗で終える。
風呂に入る。


私もこれまでに香港での披露宴に10回程度行っていますが香港での披露宴は普通、夜7時頃から始まります。
それより早く行った人は別室に設けられた部屋で麻雀やトランプをして時間を待っています。
服装はけっこうラフです。女性はおめかしをしている人も多いですが、男性はノーネクタイ、Gパンという人もけっこういます。
円卓ですので席は細かく決められているわけでもなく、恋人や奥さん、旦那さんを連れてきている人も多いです。うっとうしい来賓挨拶もないしほんとに気楽でいいです。



こんなアルバムも作ります

2007.01.04 カテゴリ:深圳・香港スポット >  深圳スポット 

《深圳の公園》 福田区 園博園 - 花博跡


福田区 園博園
2007年1月4日

園博園(深圳国際園林花卉博覧園)は深圳・南山区の錦綉中華(ミニチャイナ)に近い福田区にあります。

中国建設部と深圳市が共同開催した第5期中国国際庭園の花博の地です。今はあまり使ってない施設があって少し荒れています。少しだけ散歩しました。

→  园博园 



























2007.01.05 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(52) 空調を買う (2005.3.8)


【52】  2005年3月8日晴  空調を買う
香蜜湖で地下鉄を降り、215番のバスで百安居へ。空調を見に行く。

結局三菱の空調に決定する。1匹が2台、1.5匹と2匹が1台ずつの計4台。16,000元ちょっと。明日、配管工事に来てもらうよう交渉。現場責任者(項目経理)に電話連絡しておく。粗品として移動用電磁炉(IHクッキングヒーター)が2台。

対応した販売員(男性)は以前深圳福田区のJASCOで働いていたという。給料はJASCOがよかったらしい。イギリス人のボス(百安居はイギリス系)はけちだと言っている。

再び215番のバスで楽安居へ。

項目経理に煙管の購入を催促されている。キッチンで使うらしいがどういうものかよく分からないので、とりあえずなじみになったシステムキッチンを売っている店員に聞きに行く。彼女は項目経理に電話で確認してくれて売っているところへ連れて行ってくれた。
楽安居内ですぐ近くの厨房具を売っているところにあった。話をしてだいたい意味を理解するが、念のため項目経理に電話をし彼と話をしてもらって確認する。

25元と40元のがある、40元のを買う。キッチンの換気扇(レンジフード)と部屋の換気扇用の穴とをつなぐパイプ。直径15cmぐらいのポリのような材質で蛇腹になっていて自由に曲げられる。
(写真はキッチンの天井の間接照明用の組み物。ちょっとのぞいているものが煙管)


ここの販売員の女性はなかなか面白かった。広東人。多く話をする。給湯器は買ったかと言う。百安居は高いらしい。僕は2,970元で買ったが、ここでは2,700元だという。300元損をした。百安居は1ヶ月のクーリングオフ期間があるからキャンセルしろと。もう1ヶ月以上たっているから無理。

電磁炉(IHクッキングヒーター)もあったので見ていく。新たにドイツのブランドのを見つける。さすがにすっきりしたデザイン。僕が候補にしているのはイタリア・ブランドだが、2,000元だという。ドイツのは2,900元。心が揺らぐ。2,400元までなら即決だが差がありすぎるので考えよう。

香蜜山へ5時頃到着。もうすでにみんな帰ったあとだった。割合ちゃんと掃除できている。
書斎の机の奥行きを測ってみる。66cm。70cmの指定だったのに4cmも短い。70cmでも短いかなと思っていたのにショック。

中国では空調の強さを一般的に「匹」で表すようです。馬力の馬が1匹、2匹と言うことなのでしょうか。
空調は土地柄か、暖房機能のあるものとないものがあります。暖房機能付きは300元程度のupだったと思います。
最近の香港や深圳の冬の寒さを考えて全部暖房つきのを購入。


リビング




リビングの仕切り板


この木枠にはめ込みます



書斎の机。奥行き70cmで指定していたのですが、測ったら66cmしか・・・
ただ名雕装飾公司の基準は60cmとか。


ベッド部 ベニヤ板のはってあるところに壁紙、軟包というものを張ります


多効能室の机とテレビ台


キッチン コンセントはレンジフード用


2007.01.06 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(53) 空調の配管工事 (2005.3.9)


【53】  2005年3月9日晴曇  空調の配管工事
香港から香蜜山へ。久しぶりに皇崗のイミグレを通る。今日の空気は昨日より綺麗だ。

主ベッドルームと書斎の空調のパイプ穴の位置を変更するので、空調のパイプ工事が必要なようだ。
イミグレにさしかかったときに空調の設置会社から電話がある。あと30分ほどしたら香蜜山に行くことを伝える。皇崗から325路のバスで香蜜山に。着いてから設置会社に電話をして、項目経理に電話。彼は素っ気ない。行けないのでやっておいてくれ、とのこと。熱水器のリモコンの位置変更もできていないし、あまりいい気分ではない。待っている間にキッチンのデザインを考える。

1 時間ほどして空調工事にやってきた。やっぱり、2部屋分の空調部分の配管が必要なようである。他の2つは内装工事後で大丈夫とのこと。ただ、何か説明をして言っているがなんのことか分からない。結局ホースがいるようだ。一緒に外へ出て買いに行く。五金屋(金物屋)にあると言っているので近くの古い町へ行くとあった。ガラス繊維が織り込まれたビニール管を買う。2.5/mで3m、7.5元。
帰ってから彼らの作業を見ていると、どうやら空調から出る水の排水用のようだ。あと2台のインストールの時も買いに行かないとだめなのだろうか。それとも持ってくるのを忘れた?買いに行くというのもおかしいし。

彼らが来るのが遅かったのでみんなの仕事ぶりを見ることができた。
トイレの天井は合成ゴム系の接着剤で貼っている。保護紙には安装以後45日以内に保護紙をかがすように書かれている。どんな天井なんだろう。華里天井の木と接着剤だけで固定されているようなのでくっつきが悪いとまた剥がれてくるかも知れない。

招商銀行へ、港幣(香港ドル)を人民元に両替する。いつもながらたいそうだ。1回の両替限度額の77,000元。1.0594の換え率。たぶんイミグレ前よりもよいレート。

10,000歩


多効能室の机とテレビ台




TV台は支えがなく壁から突きだしているだけ。かっこいいのですがちょっと心配。
 

仮の支えがついていますが最終的に取り払われます。下に金属棒2本が隠されてます。

引き出しもできました


主ベッドルームと書斎の窓部分の台が削り取られました。
煉瓦でできていたので構造材ではないでしょう。
 

リビング


ドリルなどを使うと天井からほこりが落ちてくるので新聞紙で帽子を作ります。
はやっているみたいでみんなやります。


中国では金物のことを五金と言います。五金とはもともと金、銀、銅、鉄それに錫ですが、一般に有用な金属全体を指します。


2007.01.09 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(54) 中国東莞工場から12日ぶりに香港へ-白タク初体験 (1997.1.29)

【54】 1997年1月29日(水) 東莞工場から12日ぶりに香港へ - 白タク初体験

香港に帰る準備をしてゲストハウスから出勤する。明日は東京へ。

午後少し荷物をまとめる。タクシーで深圳へ出ることになった。バスは強盗事件があってから使用しないことになったそうだ。総務に頼んでタクシーを呼んでもらう。値段は電話で呼んだ場合は250元だそうだ。

タクシーが来てから値段を確認する。運ちゃんはいろいろ言っているがわからない。130元という言葉が聞き取れる。安いのでおかしい。何か意味があるのでは...
50元と130元で180元だと??50元は高速道路代なの?最後に「好不好」と聞き取れる。よくわからないまま車はゆっくりと走り出した。途中いろいろ説明をしてくれるが貧弱な語学力なのでやっぱりわからない。

タクシーは冬のさなかだというのにクーラーが入っている。確かに今日はセーターを着ていると少し暑い。途中タクシーの事務所らしいところで運ちゃんは事務所の小姐に声をかけている。小姐は車に近づき「250元・・・」と広東語で言っている。運ちゃんはにやにやしている。

さらに車を走らせ、タクシーやバイクタクシーがたむろしている所で停車。運ちゃんは再び聞いてきた。「好不好」。まだ事態が飲み込めない。180元で高速道路を使うのかどうか気になる。「どれくらい時間がかかる?」「1時間」。まあいいか、「好」と返事。タクシーを乗り継ぐと言うことのように思える。この運ちゃんは、自分に50元を、次のタクシーには深圳まで130元を、と言っているようだ。工場で聞いていた250元に比べていやに安いなと思いつつ、物騒な感じはしなかったのでOKした。

近くにいるタクシーかと思いきやそうではなかった。次のタクシーに乗ってるうちに事情がはっきりした。
2つめのタクシーにはメーターがない。すなわち白タクだ。つまりあのタクシーの兄ちゃんは白タクの斡旋をしたのだ。たぶん手数料を取っているはずだ。でも別に損をしたと思わないからこれでいいのだろうが。でも最初のタクシーの50元はとりすぎだ。20元ぐらいに値切れただろうなあ。
まあしかし、このことは会社の人に言わない方がいいだろう。しばらく秘密にしておくか。

高速道路の料金所で白タクの兄ちゃんは30元を支払う。僕から130元を受け取るから彼の手には100元か。タクシーの兄ちゃんにどれくらい支払うのか知らないが10元とすれば彼の手には90元。1000円ちょっと。往復2時間かけて1000円のもうけ。それでも白タクの兄ちゃんは「ありがとう」と日本語で言い本当にうれしそうだ。ん・・・考えてしまう。確かに1日50元稼げば1ヶ月1250元。悪くない。それも1日2時間ですむ。そう考えると130元でも出し過ぎかもしれない。いずれにしても250元から180元になった。悪い話ではない。しかし安全性の問題もあるので次回からは少し慎重に。今回は会社から頼んだのでそんなに問題ないかもしれないが。

(白タク編は終わり) 香港初在住日記(55)海鮮料理編へ続く 


春節近くなるとバス、特に長距離バスはぶっそうになります。ふるさとへ帰省するためにお金がほしいのです。
で、このころバス内で強盗事件があってバス禁止となりました。

中国で初めて白タクを経験したのですが、これには少し問題点が・・領収書のない場合が多いのです。会社に請求する必要があるときには要注意ですね。

もしここに深圳のタクシーがいたら、帰りのタクシーになるのでこれもまた交渉で安くなります。
こちらのタクシーの運転手はタクシー会社にタクシーをレンタルして営業するのでいわば個人タクシーのようなもの。状況に応じて交渉次第で安くなる場合が多いのです。大回りしたりしてごまかすタクシーも多いですが。
一度、釣り銭をごまかされたことがあります。10元札を数えるときにマジックをされました。金額的には10元ですが、だまされたことに腹が立ちました。

と言うようなわけで最近はタクシーは滅多に使いません。白タクは時々・・・
ま、地下鉄ができてタクシーの客が減ったのも頷けると思っていますが・・

2007.01.10 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(55) 中国工場から12日ぶりに香港へ-海鮮料理 (1997.1.29)

【55】 1997年1月29日(水) 中国工場から12日ぶりに香港へ - 海鮮料理


イミグレではスムースに進み夕方5時15分頃KCRに乗り込む。藍田の家には6時過ぎ到着。
H氏の奥さんJH小姐(広東人)に電話するがいない。日本の私の家族や友人に電話。明日から東京で仕事をした後、奈良へ帰省することを伝える。電話を終えご飯を炊き始める。

7時半頃JH小姐から電話。今ヤオハンから帰ってきたらしい。これからこちらに向かうという。海鮮料理の店へ行こうと。OK。しかし炊き始めたご飯はどうなる...ははは。

8時半頃、僕の家に3人でやってきた。北京人YY小姐とその友達と一緒だ。友達は○○さんと言うらしい。少しだべってタクシーで。15.2ドル本当に近くのようだ。
威勢のいいおばちゃんと何を食べるかごちゃごちゃ交渉。広東語、普通語、日本語が飛び交う。

なかなかまけてくれそうにない。中に入ってYYが再交渉、僕が香港に住んで働いていると言うと相手の表情が変わる。名刺を出すととでまた計算し直すと言ったらしい。へえー、そんなことが交渉の材料となるのかと感心する。ともかくも負けてくれることは間違いない。皆おいしいと言って食べてくれるのでよかった。ただカキはだめのようだった。まあそんなこともあるだろう。

マイタン(勘定)をする。861ドル。何か言ってるが聞いてみると、最低の値段で計算したのだそうだ。うん、よしっ。もう来ることはないのかも知れないが次もこの手が使えそうだ。
再び藍田に戻る。僕の家でお茶でもと言うが11時なので帰るという。JH小姐は自分の家に泊まって行けとYY小姐たちに言うが、彼女は遠慮してかホテルに帰るという。2人をMTRの駅まで見送る。
JH小姐が次回はホテルなんかに泊めずに自分の家に泊めたいと言う。

私の日本人の友人で2人の男性が中国人と結婚しています。1人は私を香港に呼んだH氏で奥さんがJH小姐で香港在住、もう一人は大阪で仕事をしていて、その奥さんがJH小姐の友人でYY小姐。彼女はもちろん大阪に住んでいます。
広東省出身のJH小姐は香港在住7年を過ぎて現在は香港に戸籍を持つ香港人となりました。パスポートも香港に変わり日本へのビザが不要に。

この日はYY小姐が大阪から大阪人の友人と2人で香港へ遊びに来ていたのです。JHの旦那はこの日は中国で仕事なので、私が彼女らとともに有名な鯉魚門へ海鮮料理を食べに行きました。JH小姐は私が初めて深圳を訪れたときに紹介されているのでもう5、6年のつきあいです。しかしながらこの3人の女性、身長が半端でなく高いのでバレーボールの選手の中にいるような気分。
いろいろな値段交渉があるものです。彼女らはさすがに中国人、様々な手で値切り交渉をします。私の名刺を出したのは肩書きを利用して以後の仕事での再来をにおわす作戦です。これが成功。普通あれだけの量を食べて1000香港ドル以下になることはありません。
以後も数度でかけましたがもうこの手は使えませんでした。(何しろほとんど行きませんでしたから)



1998年2月にフィルムカメラで撮影した海上生活をする島
(この日の海鮮とは関係ありません)


2007.01.11 カテゴリ: 雑感香港人 

雑感 - 香港人【6】 めがね屋で

雑感香港人6 (2007.1.11)

雑感 - 香港人【6】  めがね屋で

日本で買ってきためがねがお尻の下で壊れてしまったので買わなければならなくなったときのことです。

以前めがね関係の仕事をしていたという香港人同僚がめがね屋を紹介してくれるというので彼と待ち合わせて出かけました。九龍湾にあるめがね屋さん。
測定をしてめがねを作ってもらうのを待つ間に、同僚の紹介だというので店の主人、そのお父さんなどと5人ほどで食事に出かけました。お父さんはそこそこ高齢で戦後香港に出てきた様子。普通の気のよいお父さんの上品なイメージできれいな北京語を話します。

食事が進んだときにお父さんは私に戦争時代、もちろん太平洋戦争の話をしました。アルバムを持ってきていて懐かしい戦争当時のある仲間の写真を見せながら説明してくれます。あいにく中国語の能力がついていきません。

そしてお父さんは日清戦争でどうして小さな日本に負けたのか不思議だ、と言います。ここへきてそれまで不愉快な顔を隠そうとしなかった若者たちの顔がお父さんに対していっそう批判的になり、空気を察したお父さんもトーンダウン。お父さんは私に「あなたは戦後生まれなのですね?」「そうです」と答えます。お父さんはそれで納得しようとするように話をおさめました。

このときのめがねは「JAPAN」の文字のあるチタン製フレームに日本製のプラスチックレンズ。500香港ドル(8000円)。今も健在、もう5年以上使っています。

九龍から香港島を (クリックしてください。 2004年4月撮影)


私はこういう話を持ち出されたことになんの不快感も感じませんが、言葉が思うに任せず自分の考えをうまく言えないのが残念でした。

もし、あるデパートでテレビを買ったけれども、テレビが故障。買ったデパートへ持って行くと、店員が変わっていて「私が売ったものではないから、私に責任がないのでどうしようもできない」と言われたら・・・・

私は戦後生まれ、直接戦争の責任はないと思っていますがこのデパートのように日本人として後のフォローをする責任はあると思っています。その代表者が政治家だとは思っていますが、私たちのような一般庶民としては普通に隣人として仲良くしていきたい気持ちでつきあえばいいと思っています。

マンションを探していた時、深圳のあんま屋にお茶の机を置いてお茶のサービスをしてくれるところがあって中国人の客たちとお茶をよばれながら話をしたことがありますが、政治の話になり、ある中国人に「小泉純一郎はタカ派だろう」と言われたことがあります。(彼は私の筆談帳に「日本鷹派」と書いたのでタカ派のことだと思います)
こういう話はこちらに長く住んでいると話題となるのは仕方のないことですが、自分の考えというのははっきりしておいた方がいいのでしょうね。

こちらに出てきている日本人に、たまにはっきりアジア蔑視していると思える人や言葉汚く香港、中国をののしる人を見かけますが、おそらくウマが合わないのでしょうね。ただ、現地人に限らず、ほかの日本人が聞いてもいやな感情を持つと思うのですが。

私はふるさとが奈良、家の周りには中国との関わりの遺産がたくさん残っていて小さいときから興味を持って見ているので中国に対するイメージは悪くないのです。もちろん個人差がありますけどね。

 

2007.01.12 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(54) リリーフした設計士 (2005.3.10)


【54】  2005年3月10日曇  リリーフ設計士
名雕へ。辞職した設計士を引き継いだリリーフの設計者に会って現況を説明。大きな問題は配管準備された給湯器のリモコン位置、それにキッチンにリモコンの配管がない。彼に項目経理(現場責任者)へ電話してもらう。
すぐに水電工に電話するとのこと。折り返し電話があり、20分後に水電工が行くとのこと。
しばらくリリーフ設計者と話をするが頼りない印象はぬぐえない。彼もリリーフと言うことかも知れないし、技術屋で営業的な仕事は苦手なのかも知れない...

現場に行くと水電工は帰ったようだ。電話番号の書き置きがああったので電話。コンセントの追加のことを彼は覚えていた。ちょっと安心。コンセント位置の変更を伝える。

千客万来のようで、カーテン屋がセールスに来たようだ。名刺が置いてあった。実際内装がすまないと雰囲気が分からない。カーテン屋はもっと後でいいけどな。
7号棟の地下2階に臨時店舗を出して商売してるようなので行ってみる。駐車場にブースを作っていた。高級品は韓国製のようだ。深圳製以外は韓国製が多い。彼女らは2割引で売るという。麻と絹の混紡で130元/mから200元といったところか。

地下鉄で帰る途中に「老街」駅で初めて降りてみる。老街とはやっぱり東門市場のことだった。保健中心があったので2時間マッサージをする。1時間HK35と高いので期待したが、あまりいい按摩師ではなかった。もまれた肩があとになっても少し痛い。なくなってしまった火車站按摩が懐かしい、どこへ行ったのだろう。いいマッサージをしてくれたのに。

13,500歩

本来の女性設計士が退職したためにリリーフで広東人の男性設計士が引き継ぐことになりましたので彼と打ち合わせ。
給湯器の配管。配管関係は内装の完成後は変更が困難と思いましたので念入りに。

給湯器のリモコン線用配管が希望しているバスタブの近くになく、衛生室の入り口に設定してあったのでこれをバスタブまで持ってくるよう依頼。項目経理には話をしてありますが動きが悪いので設計士を通じて。

あと、重要なコンセントの追加。コンセントはいくつあっても十分ということはないと思うのですが、従来の深圳の住宅を見ているととても少ないのです。そのためか、水電工はコンセントをすぐ減らしてしまいます。で、時々現場をチェックしなければなりません。

木工ができてきて生地に化粧合板を貼り付けます




ついたてがはめ込まれました


リビングの天井も徐々にできてきて



帰りに寄った近くの日本料理屋で

2007.01.13 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(55) タイル張り打ち合わせ、各種売り込み (2005.3.11)


【55】  2005年3月11日  タイル張り打ち合わせ、各種売り込み
今日は一休み、と思っていたら項目経理から電話。タイル師が来るのでタイル張りの打ち合わせをするので来られるか、とのこと。

現場へ行きタイル師と打ち合わせ。 打ち合わせしている時に女性が横に来て話しかけてくる。何かの売り込みのようだ。
ちょっと待ってと言う。こちらは慣れない中国語で必死に打ち合わせしてるのに、聖徳太子のようにはいかない。彼女は名刺を置いていった。カーテン屋のようだ。この9階の部屋に仮店舗を作って商売しているようだ。

まもなくしてまたまた女性が入ってくる。知らんふりをする。打ち合わせの途中でとうとう目が合い話を聞いてみると熱水器(給湯器)の売り込み。すでに買ったと答え、引き取ってもらう。
不動産屋も来る。その次は木地板(フローリング)の木材屋さん、カーテン屋、またまた熱水器屋となかなか商魂たくましい。ちょっとうっとうしいが悪い感じはしない。次は何屋さんが来るのか楽しみでもある。

打ち合わせのあと、さっきの9階のカーテン屋によってみる。いろいろ商売をしているようだ。自分たちでこの部屋を買ったと言っているがどういうことなんだろう。
物干し竿の商いもしているようだ。糸をかけてハンドルを回して竿をおろすものやリモコンを使った電動式のもの。電動のものはこの前百安居で見た。1,200元だという。1,000元にならないかと言ってみるが無理のようだ。老板(ボス)という言葉が出る。彼女らにボスがいるようだ。

まだ頭が少し痛む。早く帰ることにする。325路のバスで皇崗から帰る。

6,500歩


リビングの天井の組み物


内装工事段階に入ると、マンション内の一部屋を臨時の店舗にして内装材料を販売するところができてきます。
こういう店もけっこう便利です。信用の問題もありますので本店舗を見学に行ったり、フローリングであれば実際に工場へ連れて行ってくれたりします。フローリングを加工している工場にも何カ所か行ってみました。結構面白いものです。


マンションの地下駐車場に作られたカーテン屋の仮店舗



2007.01.14 カテゴリ:記録・日記 >  新深圳の建設 2007-2014 

《新深圳の建設2007》新都心の建設 (1)


新深圳の建設 2007 【1】


深圳は福田区に建設された新しい市政府・市民センターを中心に新都心建設が大規模に進められています。長く塀で囲って あって見えなかったのですが塀が取り払われて全貌が見えてきました。
50階規模のビルがいくつも建設、建設中で都心作りと言うより新しく都市を建設しているという感じがします。

何年も前、仕事で深圳を訪れてタクシーから見える巨大なモニュメントが建造されていました。見本市会場かと思っていたらまさか市政府、市民センターとは全 く思いもつきませんでした。当時はこの周辺には何もなくこの建設だけが目立っていました。



真ん中の翼を広げたような建物が市政府と市民センター
その周りは建設中の新しいビルがたくさん見えます。
この写真だけ2006年7月31日の撮影です。今はもっと増えています。
下の写真3枚はクリックすると大きくなります。1200ピクセル。








「官邸新区复式別墅発布」
复式はメゾネット、別墅は直訳すると別荘ですが、戸建ちというところ。




「家楽福 即将開業」 カルフール まもなく開業。まもなくには見えないけど・・・








手前の古い団地はおそらく取り壊されるのでしょうね。






金田路、益田路。日本のような名前です。会展中心の前で。


ここにも「まもなく開業」マーク(JUSCOのところ)。JUSCOがここにもできます。
内装工事が始まったばかりでまもなくではないような・・・


2007.01.15 カテゴリ:記録・日記 >  新深圳の建設 2007-2014 

《新深圳の建設2007》新都心の建設 (2)


新深圳の建設 2007 【2】

新深圳と言うことで調べてみますと、さらに引き続いて大きな建設があるようです。福田区に地下駅を造り香港や広州とのア クセスを便利にするとか決定したとのこと。
 Cafe China 

今でも急激な変化に目をくるくるさせているのに、休憩はないようですね。早く1段落終えてくれないとほこりが大変です。最近の深圳の空気の不透明感は工事 の埃もあると思っているので・・・
では写真集の第2編です。


クリックしてください








360°景観高区楼層




緑のところが地下鉄購物公園駅入り口






市政府が見えます












中央分離帯に大きな緑地帯をもうけた幹線道路・深南大道


蓮花山がみえます。頂上広場の中程に小平の像らしきものが・・・




市政府・市民センター前の広場


2007.01.16 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(56) 東京出張~春節帰省 (1997.1.31)

【56】  1997年1月31日(金)  東京出張~春節帰省

今日から東京の協力会社、K社にやっかいをかける。小さな会社だけど堅実な経営。
朝はたぶん9時の出勤だろうから、少しずらして10時頃会社に着く。が・・女性1人、男性1人の2人だけの出社。女性は掃除機で掃除をしている。なんじゃこりゃ。みんな10時過ぎからしかやって来ないという。社長のHUさん、今日は11時の出社だそうな。
・・・・・
ほとんどが退社し、社長しか残っていない。彼は実務をしている。見ると自分で回路図を作っているので驚く。いろいろ説明を聞いて新しい分野での興味をもつ。僕が興味を持つので一生懸命説明してくれる。

9時過ぎ退社する。社長に誘われるままに赤提灯のおでん屋へ。アメリカで何年か仕事をしていたと聞いてびっくり。
はしご。僕は全く飲めないけど付き合うことに問題はない。

深夜4時、ホテルに帰る。社長はカプセルホテルへ。

出張の目的は香港ではうまく実験できないことを日本でやること。まあ、公費帰省の口実にしてくれているのでしょうか。1月30日、東京着。K社で2月5日の春節を迎え、6日宇都宮に移動。9日に飛行機で奈良に帰りました。

大学時代からの友人が横浜にいたので、東京滞在中に会いました。会うのはかなり久しぶりで彼の体型もかなり変わっていましたが、大学時代の話で大いに盛り上がりました。
この年以後、日本の不況時代のあおりで大阪にいる同じ大学時代の友人たちが大挙して東京出向になり、次の年からは思わぬ東京での再会となりました。

香港で生活するようになると、けっこう関東人とのつきあいも多くなって、これもある種、国際人的な感じになるのかなと感じたときでした。




私の日本時代にしていた仕事の一つです。
素人ですが電子オルガンの演奏もけっこういけますよ。当時は友人の結婚式などで・・・



2007.01.17 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(57) 東京出張~春節帰省(2) (1997.2.10)

【57】 1997年2月10日(月) 東京出張~春節帰省(2)

==== 9日に奈良へ帰省 ====

胆石の件で市民病院へ行く。前々から定期検診で胆石が見つかっている。数回連続で胆石充満と判断されているのでまず誤診ではないだろう。痛みとかは全くないが、中国での仕事時間が増えた場合、ちょっと気になるので手術するかどうかの相談。胆石が胆嚢から外へ出ると痛みがおこるが超音波で砕ける範囲を超えて大きいので外には出ないだろうが・・という話。
一応香港に戻り日程を相談して返事をすることにした。
市役所へ。税金のこと。1月1日に日本にいるかいないかで税金請求の判断とされるというのでいなかった証明をするため、パスポートと香港のIDカードを持って行く。
ここでも一つことが片づいた。

南都銀行へ。通帳を中国でなくしたので再発行の手続きのため。今日はなぜか混んでいる。2週間ほどかかるらしい。その頃にはいないので免許証のコピーで家族が手続き可能とのこと。
このほか住友銀行の2行に香港ドルでの預金が可能か問い合わせるができないようだ。米ドルに限られるとのことであきらめる。
なんやかやでばたばたと1日がつぶれていく。

魚屋に嫁いだHさんに偶然魚屋の前で会う。しばらく立ち話。ウナギをもらう。

国外で働くことになっていろいろ面倒な手続きがいりますね。うまい具合に正月は日本と香港とで休みが違うので非常に助かります。

まず健康管理。胆石は日本の会社時代から健康診断で判断されていました。この場合健康保険がなくなっても継続診療とかいう申請をしておけば保険がきく、と言う情報を得て手続きしてあり、健康保険として扱われますので20%の負担。

市役所へもしばらくは帰省のたびに出かけました。大きいのは税金問題。香港へ出る前に訪れていまして、そのとき住民票をどうするか、と言われて、「残しておきます」と返事。
このため、少し税金問題がやっかいでした。パスポートを持って行ってどの期間日本にいたかを報告。一応はんこから日本にいたときと、香港にいた時期の一覧表を用意しておきますと、市役所がはんこの部分をコピーしてました。何しろ、中国への往復でパスポートははんこだらけ。日本関係のはんこを見つけるのに苦労します。

住民票が残っているため、健康保険は切れたら国民健康保険医必ず入らなければならないらしく、後にさかのぼって徴収されました。国民健康保険は地方自治体の管轄だそうで、健康保険税とか書いてましたね。
香港では会社がAIUの保険に入っていてくれました。

はんこがたくさんのため、ページがなくなり2年単位ぐらいでパスポートを更新してました。パスポートの値段が半端でなく高いので思わぬ出費です。
香港の会社にいる日系アメリカ人の話では、アメリカではこういうケースでの新たなパスポートは無料で作ってくれるとか。うらやましい限りです。

ふるさと



2007.01.18 カテゴリ: 生活 

香港生活ファイル


香港永久性居民
2006年 07月 16日

1997年7月1日、香港は中国に返還されました。でもこの地域に住む外国人にとってはそれまでと全く変わらず他国同様の扱いになります。香港から中国へ移動するとそれは外国間の移動とまったく同じ入国審査を受けなければなりませんのでパスポートが香港と中国のはんこで埋まることになります。

日本人の場合、観光目的であれば3ヶ月以内ならビザ無しで香港に入国できますし、期限が来たらお隣の深圳を往復すればいいのですが、働く場合はワーキングビザをとる必要があります。もちろんビザの許可がおりるまで香港で働くことはできません。
初めてのビザは1年有効から開始です。その後はビザを延長しながら滞在を続けます。

こうしてビザを延長しながら7年経過すると香港永久性居民の申請をすることができます。永久性居民として認められるとそれ以後はワーキングビザをとる必要がなくなり、選挙権もできますし、老齢年金も受け取ることができるようになります。

これは国籍以外、香港人とほぼ同様の権利が発生することを意味します。ただし、外人の場合、3年以上連続して香港にいない場合永久性居民の権利がなくなりますが。

他、永久性居民ですと香港を出入りする時に香港側でパスポートを見せる必要がありません。全てIDカードで処理されますのでパスポートがはんこだらけになることがありません。また香港では指紋の自動照合によってイミグレーションを通過することができますがこれを利用することもできるようになります。自動改札みたいにIDカードを読み取り機に通して指紋データを読み取らせ、指を押しつけて照合、OKであれば扉が開く仕組みです。ほんとに自動改札感覚でイミグレ通過です。

私は香港に来てから仕事で中国との往復が多いため、今まで増冊したパスポートが2年間で判子でいっぱいになって使えなくなったのですが、2003年12月に無事香港永久性居民の資格をゲット、以後は単純に4年間は使用できるようになるはずですね。

IDカードを申請しIDカードができるまでの証明書

香港逗留の条件がキャンセルされた、と書いてあります。

仮発行のIDのため、はんこがありますが逗留期限はありません。正式IDカードになるとはんこはなくなります。


地鉄有限公司MTRと九広鉄路KCRが合併して香港鉄路有限公司誕生
2007年 12月 05日

2007年12月2日、地鉄有限公司MTRと九広鉄路KCRが合併して香港鉄路有限公司となりました。

 KCRホームページ 【兩鐵合併】 
説明は中文でも英文でもありますが私の能力不足ではっきり理解するには時間がかかりそうです。

日本語のもYahooとかから速報が出ていましたが、会社名の間違いとかもあり、ちょっと記事の曖昧さを感じましたので・・・

福田口岸の元KCR「落馬洲」駅。
すでに香港鉄路公司に変わり「港鐵路綫圖」になっています。


上のKCR簡便鉄道は下のMTRに。先頭左側のロゴが変わりました。





真偽のほどは判りませんが、以前、KCRのトップはイギリス人でKCRの利益はイギリスに行く、と言うのを聞いたことがあります。WEBで調べてみたりしたのですが確認できていませんでした。
今回合併に当たってもいろいろ検索してみましたがやっぱり判りません。ただ、MTRは100%香港政府の出資であると言うことだけ。これも複数のWEBでの確認がとれたわけではないのですが。

以上のことが真実だとすれば今回の合併はイギリス色を断ち切って独立していく過程かも知れず、歴史の1ページとも思えるわけです。
長い占領時代を越えての返還ですからイギリスの影響が消えるのにはまだまだ時間がかかるでしょうが、こうして少しずつ占領から脱皮していくのかな、と感じてしまったのですが・・・

香港の喫煙事情とマナー
2007年 01月 18日

日曜日に香港太古のJUSCOとコースウェイベイのそごうへお好み焼きとたこ焼きの材料を買い出しに行きました。そごうは値段が少し高いですが、おいしい材料があります。深圳に戻ってから深圳のJUSCOにも。
香港は2007年の新年からたばこの喫煙場所が大幅に制限されたようで大きな看板がバス停にありました。
最近は1ヶ月に1度くらいしか香港に行かなくなりましたので香港の変化がわかりやすくなりました。

私が初めて香港を訪れた(15年前)時は中国へ行く鉄道、KCRのホームでもたばこが吸えました。それから最高5000香港ドルの罰金で禁煙が施行され、ポイ捨ての罰金が600香港ドル、1500香港ドルとなり、続いて今回の処置と愛煙家にはじわじわと締め付けが・・・
香港ではたばこの値段はかなり高く設定されていてイミグレの免税たばこを買うのに比べるとその差は4倍以上になります。
したがって香港にはヤミのたばこも存在します。本物ですが値段を安くして売っているのです。

私は禁煙してもう数年になりますが、以前はけっこうなスモーカーでしたので深圳へ行くときは免税品の買いだめをしましたが、たばこに関してはけっこう「優遇」される立場でした。
当時、イミグレでの免税たばこの購入は、香港人の場合、中国に一泊以上した場合にのみ5箱を持って香港にはいることが許されていまして、これがだんだん厳しく制限されるようになりました。
日本人の場合、香港IDカードを持っていてもこの制限からは除外されていたようでした。さらに日本へ帰ると入国の際、外国在住と言うことで一般の日本人の2倍の量を持ち帰ることが可能、という全くの「ええとこ取り」。

今回の香港では、地下鉄にも乗りましたが、マナーがはっきりよくなっていました。
以前、地下鉄、鉄道などでの乗降の時、乗る人がドアの真ん中に待機していて、ドアが開くなり降りる人お構いなしに突進してくる風景が普通でしたが、久々に行った香港では大きく改善されていると感じました。
乗る前に降りる人を待つ人が増えたと思います。今回乗ったのは香港島サイド、九龍地区に比べるとマナーの比較的良好な地域ですが、それでも以前とははっきりした変化を感じます。
はっきり言ってしまうと初歩段階での向上ですが、少しずつはっきりよくなってますので将来に期待したいところです。


深圳地下鉄
深圳でも香港よりもさらに初歩段階ですが向上を感じますので・・
ただ深圳も香港もハンディーのある人に対しての思いやりは遙かに上をいっていると思います。電車バス内でのハンディのある人に席を譲るところはすばらしいものです。


先年、何年ぶりかに行った東京の喫茶店のレジで2度も横入りをされた記憶が頭をよぎります。それまで東京でそういう経験をしたことがなかったので短い滞在 中に2度もあったこと、レジのウェイトレスが何も注意しなかったことがかなりショックでした。今はそういうのが普通なのでしょうか・・

ちょっと考えさせられます。

2007.01.19 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(56) タイル張り (2005.3.13)


【56】  2005年3月13日曇  タイル張り
今日は香港も日本の冬みたいに寒かった。3月も半ばになろうというのに。起きたときはそうでもなかったが外へ出ると空気も冷たく風の音がすごい。あわててセーターに着替えに戻る。深圳のマンションへ向かう道中もほんまに寒かった。

香蜜山のマンションに行くとタイル工員が来ていた。キッチンは壁の半分がすんでいた。タイルが買ったときに見たほど綺麗に見えない。百安居での写真を見直してみると絵が描いてある部分の出っ張りが大きくて品がないように見えるのが原因のようだ。
まだ水電工の埋め込み配管変更がすんでいないので、タイル張りの完成まであと2-3日かかるだろう。

主人房の寝室部と書斎部の使い方を考える。寝室部が狭いのでTVを置くなら工夫が要るがアイデアが出てこない。ベッドの置き方を90度回転すると余裕が出てくるがもう一つ...書斎部でくつろぐようにするか...

456番のミニバスで人才市場のホームセンター街へ。百安居、好百年などを巡ってドアノブや照明器具を見て回る。

11,000歩


タイルには「墙片」「花片」「腰片」「地片」の4種類があります。「墙片」は壁に貼る基本のもので、これに模様やイラストが描かれているのが「花片」、上下を分けるように腰のあたりに模様の入った細いタイルが「腰片」、そして床に貼るのが「地片」です。地片以外は下の写真に写っています。
値段はふつう花片が一番高く墙片の数倍、その次に腰片が高く、地片が一番安くなっています。
今回使用したものの一番の高値は主人部屋のトイレの花片1枚68元、一番安いのは一般トイレの地片の1枚4.8元でした。

先日の打ち合わせはこれらの種類をどう張っていくかの打ち合わせです。
タイル張りはセメントで下地を作ってその上に張っていきます。

タイル張り


 

寝室部のベッド背景準備 / 多効能房のドア
 

 

木工表面に化粧板を張ります



2007.01.20 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(57) 各種ノブ (2005.3.14)


【57】  2005年3月14日曇  各種ノブ
マンション香蜜山へ。
項目経理(現場責任者)からドアのノブ、各家具のノブを買うようリストを渡される。
項目経理は管理所でのインターホンの位置変更の申請処理にてこずっているようだ。また明日来る必要がありそうだ。
しかしながら、できあがって来るにつれてデザインが気に入らなくなってきた。備え付けはなるべく少なくした方がよかったのかも知れない。今後の対策を頭に思い浮かべる。
まだコンセントの追加が必要だ。
明日はインターホンの解決とノブを一部買おう。

11,300歩

主人部屋のタンス。ノブはまだありません


主人部屋の飾り棚とドア


多効能室入り口右にトイレ


多効能室のタンス


リビング


リビングの下駄箱 仮電気制御板


リビングテレビ台


主人部屋からの夜景

2007.01.21 カテゴリ: ハプニング 

【ハプニング】 香港の危険そうなマンションのオーナー 家主


危険そうなマンションのオーナー(家主)

2007年1月21日

香港も中国も投資目的でマンションを買い、それを賃貸する場合が多いのです。また内装なしのスケルトン渡しでマンションを買うので内装方法もまちまちです。
家主が違いますので家主の人柄にも当たりはずれがあります。まあ、今から考えると内装方法に家主の人柄が出ているとも言えそうです。


牽晴間
香港粉嶺・牽晴間(マンションの名前)でのとある日の朝、深圳のマンション内装手配に出かけようとした矢先、変な男性2人の訪問を受けました。
血相を変えていた二人の男性はLau MSという人に用事だ、と言います。Lauというのは私の部屋のオーナーの姓。でもありふれた姓です。オーナー夫婦の名前は英文名しか知りませんので、彼らのいう中文名はわかりません。
オーナーの奥さんの漢字の名前はLau MSなのかと考えたのですが、とにかく「僕はここに独りで住んでいる日本人でその名前は知らない」で押し通します。

彼らはLau MS宛の親展メールを持っていて雰囲気から危険な香りが漂います。あっち関係かなと頭をよぎりました。オーナーにも以前、トラブルがあってからちょっと危ない感じを持っていましたので、とっさにオーナーが変なことをしていなければいいがという感覚が・・

一応彼らはあきらめてくれましたので、深圳へ出かけるため駅に歩き出しましたところ、携帯電話が・・・   声の感じからさっきの男だという直感.
 わけの分からん問答のあと、相手の名前を問うと切れました。してみるとLau MSがオーナーの奥さんの可能性が強い。でないと彼らが僕の電話番号を知ってるはずがありません。おそらくオーナーが彼らに自分の電話番号を教えるときに偽って私の電話番号をいったものだろうと推測できました。

 以後、これは知らないで押し通す方が良さそうだと思いました。あのオーナーのために面倒を起こされるのはたまったものではありません。



オーナーは深圳にもマンションを買っていて、私がマンションを探しているときにその物件を買わないか、と言っていました。
香港人の友人の話によると、そのオーナーは金銭的にあまり余裕がないはずだ、と以前言っていました。おそらくこれと関係があるのかも・・推測の域を超えませんが。

賃貸マンションを引き渡すとき、オーナーから契約時に渡してある家賃2ヶ月分のデポジット(敷金)の返金を受けます。普通、香港ではよほどのことがない限り全額返却されます。今まではすべてそうでした。
深圳へ引っ越すとき、このオーナーは難癖をつけて値切ってきました。
そしてこのときに、あの危険な彼らが残したメモを見せるとしばらく考えて「これは私ではない」と言い切りましたが、その雰囲気は・・・

私の香港最後の賃貸マンション、粉嶺・牽晴間のオーナーはちょっとやくざなオーナーだったかもしれません。
ま、アパートのオーナーには気をつけないとだめですね。

2007.01.22 カテゴリ:深圳・香港スポット >  深圳スポット 

《深圳生活》 羅湖区 厨安居と道具屋さん


羅湖区 厨安居と道具屋さん
2007年1月22日

深圳で有名なショッピング街の東門、その東にあるカーテン商店ビルを散策中に見つけた厨房器具専門の厨安居です。
→  厨安居 HP 

店は4階まで。香港のレストランからの買い付けも多く、店内は広東語であふれ、繁体字の表示が目につきます。香港へのデリバリサービスもあります。
大阪道具屋筋に比べると値段はかなり安いです。

近くには小さな道具屋が軒を連ねますが、少しごちゃごちゃしています。


厨安居




深圳買単香港提貨(深圳支払い、香港受け取り)
この香港人向けと思われるコメントだけ簡体字とは・・・


日本料理用もあります


肉のスライサー






「人気商品」と日本語で書かれたものも・・




厨安居付近の通り




2007.01.01  
謹賀新年2007
2007.01.02  
香港初在住日記(52) 中国東莞工場で(第6日)香港で同僚の結婚式が (1997.1.23)
2007.01.03  
香港初在住日記(53) 中国東莞工場で(第8日) 結婚披露宴の翌朝 (1997.1.25)
2007.01.04  
《深圳の公園》 福田区 園博園 - 花博跡
2007.01.05  
中国深圳初内装日記(52) 空調を買う (2005.3.8)
2007.01.06  
中国深圳初内装日記(53) 空調の配管工事 (2005.3.9)
2007.01.09  
香港初在住日記(54) 中国東莞工場から12日ぶりに香港へ-白タク初体験 (1997.1.29)
2007.01.10  
香港初在住日記(55) 中国工場から12日ぶりに香港へ-海鮮料理 (1997.1.29)
2007.01.11  
雑感 - 香港人【6】 めがね屋で
2007.01.12  
中国深圳初内装日記(54) リリーフした設計士 (2005.3.10)
2007.01.13  
中国深圳初内装日記(55) タイル張り打ち合わせ、各種売り込み (2005.3.11)
2007.01.14  
《新深圳の建設2007》新都心の建設 (1)
2007.01.15  
《新深圳の建設2007》新都心の建設 (2)
2007.01.16  
香港初在住日記(56) 東京出張~春節帰省 (1997.1.31)
2007.01.17  
香港初在住日記(57) 東京出張~春節帰省(2) (1997.2.10)
2007.01.18  
香港生活ファイル
2007.01.19  
中国深圳初内装日記(56) タイル張り (2005.3.13)
2007.01.20  
中国深圳初内装日記(57) 各種ノブ (2005.3.14)
2007.01.21  
【ハプニング】 香港の危険そうなマンションのオーナー 家主
2007.01.22  
《深圳生活》 羅湖区 厨安居と道具屋さん
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