FC2ブログ
32 記事  2 ページ
2006.12.01 中国深圳初内装日記(42) 内装工事第15日 外壁に穴開け (2005.1.23)2006.12.02 中国深圳初内装日記(43) 内装工事第16日 内装設計会社へ2回目の支払い (2005.1.24)2006.12.03 マンション事情 新築マンション内の仮店舗と香域中央花園2006.12.04 マンション事情 深圳香蜜湖とマンションたち2006.12.05 香港初在住日記(44) クリスマスイブ、結婚披露宴の招待状 (1996.12.24)2006.12.06 香港初在住日記(45) 年末から元旦へ (1996.12.30)2006.12.07 雑感 - 香港人【3】 コンサートで2006.12.08 中国深圳初内装日記(44) コンセントの数が.. (2005.1.29)2006.12.09 中国深圳初内装日記(45) もうひとりのマンション購入者(2005.1.31)2006.12.10 深圳 道路工事と日本製2006.12.11 中国の都市作り、日本の都市作り2006.12.12 香港初在住日記(46) 日劇「29歳のクリスマス」 (1997.1.3)2006.12.13 香港初在住日記(47) 香港で仕事で初めての徹夜 (1997.1.13-14) / 深圳でこたつ2006.12.14 雑感 - 香港人【4】 バスで・・財布を落とした・・2006.12.15 中国深圳初内装日記(46) 春節で一休み (2005.2.2)2006.12.16 中国深圳初内装日記(47) 春節後の香港へ、再びインド航空 (2005.2.26)2006.12.17 《深圳生活》 羅湖区 東門歩行街2006.12.18 マンション事情2006.12.19 香港初在住日記(48) 香港人Mr. Tと・・ (1997.1.16)2006.12.20 香港初在住日記(49) 中国東莞工場へ - タクシー (1997.1.18)
► 次のページへ

2006.12.01 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(42) 内装工事第15日 外壁に穴開け (2005.1.23)


【42】  2005年1月23日  内装工事第15日 外壁に穴開け
******* 内装工事第15日 外壁に穴開け *******

朝からまだのどが痛い。
昨日、のどが痛くて香港でおとなしくしていたら、名雕の現場責任者から今年(陰暦)は終わるので最終確認をすると電話があった。で、今日は確認。
今季は2月9日が新年、春節で、工事再開は3月1日からの予定。

昼から名雕に。設計士に話をしてもらって、昨日の電話の意味を了解する。お金を入れないと彼らの賃金が出ないらしい。従って非常に愛想がよかった。
明日お金を支払うことにする。写真をたくさん撮りまくる。
ベランダの水道、壁を貫くのに管理所の許可がいるらしい。どうも現場責任者は管理所から最初にがつんとやられているせいか、管理所が嫌いなようだ。自分で許可をもらいに行く。

香蜜山・西門の外で待機している人たちがいる。不要な線材などを買い取る人たち、こういう穴あけを請け負う人たち。で、穴あけを頼む。1穴30元。
穴あけは興味深かった。まず、ドリル固定用の穴を開けてドリルを固定、水道管用の穴を水を潤滑油にして開けていく。綺麗に仕上がった。
穴開けをしてくれた人は北方人とのこと。こういう仕事はよくあるかと聞くと、非常に少ないとのこと。生きていくのも大変だ。
13,800歩

マンション引き渡しがすんで内装工事が始まると門の周りに内装工事目当ての商売人が集まってきます。

ベランダに水道蛇口を取り付けるため、トイレの水道管を分岐させてベランダに配管しなければなりません。で、トイレの壁に穴を開けることになりましたが問題が出ました。

まず、マンション売買契約書では、マンション外観部分はマンション側の持ち物でこの部分は当方は買えません。したがってここに穴を開けるには持ち主であるマンション管理所の許可を取らなければなりません。もう一つは設計会社はコンクリートの壁に穴を開ける設備を持ってないのです。
大工さん達からそういう話を聞き、どうしたらいいのだろう、と少しおろおろ。
彼らはさらに続けていいました。マンションの門の外の人々を指さして、あそこにいる人たちに穴開けを頼め、と。
とりあえず、管理所で穴開けの許可をとり、門外の人に穴開けを頼みました。
この人は自転車でコンクリート用の重いドリルを運んできて、門の外に待機、客を待ってるのです。へえ、国さまざま、いろいろな方法があるものです。
ほかにも、くず鉄屋、交換した電線の買い取り屋など待機しています。



リビング


 

 

主人室
飾り棚

 

主人室書斎部
 

 

バス・トイレ


 

多効能室。前の緑の袋に入っているのは陶粒というもので
セメントに混ぜてトイレの床を作ります




造園中


 

 

 

2006.12.02 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(43) 内装工事第16日 内装設計会社へ2回目の支払い (2005.1.24)


【43】  2005年1月24日 内装工事第16日 内装設計会社へ2回目の支払い
******* 内装工事第16日 内装設計会社へ2回目の支払い *******

名雕装飾公司で第2回目の支払い。今回は32,000元、会計担当の女性と一緒に近くの招商銀行へ行く。一緒に行くのは銀行で直接彼女にお金をわたして、こちらが路上で盗難の危険を回避するため。お金をわたしてしまえばあとは盗難があっても名雕の問題。

金額が大きいのでATMは使用できず(たしか1回あたり3000元以上は引き出せない)、銀行窓口で引き出す金額を言い、カードをわたす。あと、窓口にある装置に暗証番号を入力する。
カードがあり、暗証番号が分かっていればこれだけの大金でも身分証の掲示もなく引き出せたのはちょっと怖い。前に両替に来たときに僕を覚えているとも思えないが....気をつけなければ。

香蜜山へ。項目経理(現場責任者)がいた。写真を少し撮してから外出。20分ぐらいして、項目経理から電話があり、水電関係の測定をするので立ち会ってほしいと言われる。香蜜山へ。

個別にチェックをしていき、最終的に15,000元となる。
スピーカー線の部分に問題を感じて、項目経理が帰ったあと、水電工と話をする。彼は会社を通さずに仕事をしようというので彼に任せる。会社を通じた場合の1/3で交渉成立。
何でも彼の取り分は45%だそうだ。でもそれには材料代も含まれている。とすると、会社は55%すべて設けということになる。ということは会社がとらなければ半額になるということだ。15,000の半額は大きい。10万円だ。

13,800歩

以前水電工に、テレビ台から背面の壁までリア・スピーカー線用の埋め込み配管を提案されて追加してもらったのですが、途中まで同じ管を使って配線していたのでこれを分離してもらうようにしたのです。
追加の配管をしなければならないのですが、水電工とはけっこう親しくなっていて彼の提案は会社抜きでやろうと言うものでした。

彼の話によると彼は予算の45%をもらって材料を名雕から買い、施工して残った分が彼の手間賃になると言うことのようです。したがって55%はまるまる名雕がとることになります。なんせ15,000元の55%、これはかなり大きいです。

この日のマンション建設状態。2期工事も進んでいます。




2006.12.03 カテゴリ:深圳・香港スポット >  深圳・香港 マンション 

マンション事情 新築マンション内の仮店舗と香域中央花園


新築マンション内の仮店舗と香域中央花園
2006年 12月 03日

深圳のマンションで、カーテンを買った店の営業マンが久しぶりにやって来ました。仕事で香蜜山へ来たついでに寄ってきてくれたようでした。ちょっとうれ しいものです。


香港や中国ではマンションの名前に花園という言葉のつくことが多いです。おそらく英語のXXガーデンというのを直訳したものだろうと思ってますが... 香蜜山も正式には金地網球花園と言います。
新しいマンションが建設され、内装工事に入るといろいろな内装関係の仮店舗がマンション内にできます。このカーテン屋はマンションの一室を借りて仮営業 をしていましたが、駐車場を借りて仮店舗を作る場合もあります。内装工事がおおむね終了すると仮店舗をたたんで別の新築マンションに移動します。

彼は香蜜山から5kmほど離れた所に店があるカーテン屋の店員なのですが、こういう仮店舗を転々としています。現在は内装工事中のマンションで香蜜山の 対面の香域中央花園に1部屋を借りてカーテンの営業をしているとのこと。
香域中央花園は私のマンションの香蜜山から1年ほど遅れて建設されたマンションです。
10棟ほどあり一番高い棟は30階建てぐらい。彼がそこで仕事をしていると聞いて、マンション内を見学させてもらうことにしました。普通、一般の人は中に 入れないのでこういう機会にしか見ることができません。

で、マンション内を見学、彼のいる仮店舗も見ました。仮店舗は146㎡の物件に作っていました。ここのマンションは1戸あたり平均180㎡ぐらいだった と思いますので、146㎡は少し狭い部屋です。ただ、外に50㎡ぐらいありそうな大きなベランダ付き。



香蜜山の駐車場にできていた仮店舗



香域中央花園







カーテン屋。ちょっと太りました


香域中央の彼の仮店舗







2006.12.04 カテゴリ:深圳・香港スポット >  深圳・香港 マンション 

マンション事情 深圳香蜜湖とマンションたち


深圳・香蜜湖と沿岸のマンションたち
2006年 12月 04日

深圳にいくつかの休暇村がありますが、香蜜湖にもそのひとつで香蜜湖度假村というのがあります。営業はしているようなのですがあまり元気のいい休暇村ではないような感じ。

香蜜湖は湖と言うより大きい池という感じです。でも以前は今の3倍ほどあったと言っていた人がいました。周りを埋め立てながら小さくなったと。と言うことはそんなに綺麗な湖ではなかったような気がしていたのですが、この湖岸に数年前から建設されているマンション群は深圳でも最も高価な部類になるようです。

香蜜湖・航空写真

今もまだ建設中のもありますが、これらは深圳で最も高価なマンションが集まっている所です。一番高価なのが「香蜜湖1号」というもので、これは戸建ちも持っています。戸建ちは別墅と呼ばれるもので直訳すると別荘。でもあまりそんな意味はないようで英語ではTownHouseと書かれています。一般に床面積は300㎡程度あります。別墅の場合、平方メートル単価は高く、ここでも4-5万元、1平方メートルあたり60-70万円というところでしょう。したがって300平方メートルならば2億円ということになります。

沿岸で一番最初にできたのが水榭花都というマンションで1期から3期までで現在3期の建設が終わった所です。パンフレットには完成図がありました

水辺の1戸建てが別墅です。

香蜜湖沿岸に初めて行ってみました。沿岸はほとんど目に触れないようになっているのですが、道を探しながら散歩してみました。
まだ整備中と言うこともあってか綺麗ではありませんでした。ちょっとショック。魚釣りマニアの釣り池みたいになってました。


香蜜湖1号(左半分)と水榭花都(右半分)


道路側からみた建設中の香蜜湖1号と水榭花都



香蜜湖1号 手前はゴルフ練習場


手前の荒れ地は香蜜湖度假村の所有のようなのでそのうち整備されるのでしょう


別墅


背後は水榭花都


香蜜湖沿岸




釣り人






2006.12.05 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(44) クリスマスイブ、結婚披露宴の招待状 (1996.12.24)

【44】 1996年12月24日(火) クリスマスイブ、結婚披露宴の招待状


今日昼は会社でささやかなクリスマスパーティー。この前100香港ドル供出した。思い切り食べる。でも少し足りない。4時で終業となりほとんどが帰って行った。香港では大きな行事の時は終業が早い。
6時過ぎH氏と共に退社。彼は明後日からまた中国に行くもよう。

駅近くの電器チェーン店の泰林に寄る。Filipsのマルチビデオプレイヤーを買う。世界中の方式のテレビが使えるものだ。2880HKD。
帰って真剣にマニュアルと取り組む。英語か中国語を理解しなければならない。不足していたRCAコード、ACタップ、ビデオテープをヤオハンに買いに行く。
日本円にすれば4万円ちょっと、そんなに安くはないが、マルチと言うことを考えると利用価値は高い。3時間程度書けて操作をあらかたマスターした。

今日、香港人のMs.Cから結婚式の招待状を受けとる。香港人Ms.Oが独身の僕に「最後のチャンスがなくなるよ」とふざける。三石さんは去年7人ほどの結婚式に出たという。なかなか「ものいり」だったそうだ。

この頃はまだビデオテープの時代。日本にも多くのコレクションがあるので日本のTV方式のNTSCと香港のPAL方式の両方を見る必要があるのでマルチを買いました。同時に香港を引き払って日本に帰る場合を想定して電源も100V-240Vというものを選定しました。
今はもう博物館的存在、いろいろ考えたのがアホみたい。

香港の結婚披露宴は招待客は多くを集めるようです。丸テーブルで人数の増減はそんなに気にしなくていいし、招待客が勝手に自分の恋人を連れてきて一緒に参加、と言うのもOKです。服装もかしこまらなくてもOKですし、ほんとに気楽です。


わたされた招待状1式
上左から 封筒、紅包に入れられたお金10元(たぶん交通費)、ケーキの引換券
下 招待状

招待状の文面

ケーキの交換券は永久使用となっています。つまり交換期限がない。
式の日付は月暦と西暦の両方で表示されてます。公歴は西暦(キリスト歴)、農歴は陰暦です。
中国では月歴で誕生日を祝う人も多いですね。

<< 香港結婚式 1日密着取材 >>
 → ある香港人の結婚式 

2006.12.06 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(45) 年末から元旦へ (1996.12.30)

【45】  1996年12月30日(月)  年末から元旦へ


(25日のクリスマスは休日出勤。24日に尖沙咀へ行ったという人はクリスマスでたくさんの人だったとか。尖沙咀はデコレーション、ライティングが綺麗という評判)

明日から3日間、正月の休みに入る。

8時退社。退社前に香港人2人とともに夕食を食べに行った。

帰宅後、ヤオハンで少し買い物。昨日見つけておいたSONYの6500香港ドルのステレオを買おうとしたがVCDを接続するAUX端子がなかったのでやめにした。MD端子を共通で使えばいいのかもしれないが面倒。もう少し考えよう。中国に行くこともほぼ決まっているしいいものを買っても持った印愛かも知れない。
辞職したM氏に電話。2,3日風邪で具合が悪く寝込んでいたらしい。明日の大晦日、僕の家に来ないかと誘う。ひとり暮らしどおし、共に正月気分をと言うことだ。話がまとまる。明日退社をする時に電話をくれとのこと。
母から手紙が届いたので日本の家に電話。

H氏が明日来ないかと電話で伝えてきた。


香港では元旦は普通の休日、正月はご存じの春節。でも元旦は日本人には大きな休日。初めて香港で元旦を迎えます。香港にいる日本人はどんな元旦の過ごし方をしているのでしょう。
いろいろな人が声をかけてきてくれて共に元旦を祝うことになりました。
ただ、もともと年中行事にはあまり興味を持っていない私ですので、ま、他の人に合わせる、ということですが。
この会社は日本人も多いので3日間の休みがありますが、普通は1月1日の元旦だけが休みです。

元旦の香港 (2001年1月1日撮影)



2006.12.07 カテゴリ: 雑感香港人 

雑感 - 香港人【3】 コンサートで

雑感香港人3 (2006.12.7)

雑感 - 香港人【3】 コンサートで
香港の尖沙咀のスター・フェリー乗り場に近い所に香港文化中心(cultural Centre)(Centreはイギリス綴り)という所がありますが、ここでコンサートのほか、コンサートのパンフレットを置きチケット販売をしています。
香港の藍田に住んでいた時は時々ここへ来てコンサートの情報を得たりチケットを買ったりしていました。日本に比べて安い価格だったので買いやすいこともあります。

で、ある時オーケストラのコンサートに出かけました。この日は香港管弦楽団による演奏でメインはベートーベンの第7交響曲。私はベートーベンが好きなので日本でもよく聞きましたし、香港でもCDのベートーベン交響曲全集を買ったりして聞いていました。で、このコンサートを見つけた時すぐチケットを買ったのです。第2楽章がすごく綺麗な曲です。コンサートは香港島の香港大会堂(City Hall)で。

そしてコンサート当日、初めての香港でのコンサートにひとりで出かけました。
メンバーには白人も多く見受けられました。7番が始まって第2楽章。『よし、そこで少し粘って..』とか少しひとりで興奮気味。『そこで粘って・・・ ん、ん、え・・・?』とすらーっとあっさり通り過ぎてしまいました。



全体的にあっさりした演奏でした。譜面をそのままなぞって終わってしまったような...
この演奏は指揮者の要求なのでしょうか、それとも国民性?
私としては感情の伝わってこない、満足のいかない演奏だったわけですが、これも音楽の解釈とか、生まれ育った環境による感情の違いなのか...
正直な所、伝わってきた感情は、演奏者たちが仕事で演奏した、みたいな...

演奏が終わり、みんな会場のロビーへ出て行くのを待って一番最後にロビーへ。
「??」
なんと、演奏者たちがすでに帰り支度でめいめい楽器を持って帰るのとばったり出会ってしまいました。やっぱりあっさりした国民性なのかな。
日本にいた頃はオーケストラやコンサートなどに関わったこともあるので軽いカルチャーショックでした。

香港人のバーベキューパーティーに誘われて行ったことがありますが、大騒ぎしていたかと思うと急に静かになって食事タイムに入り、食事が終わって騒ぎ始めたころ、これで帰る、と言ってさっさと帰る人もいます。周りの人も気にするでもなくマイペース。
これなんかもあっさりしているというのかも知れません。日本とは違うでしょうけど私にはこういうの気楽です。

いろいろありながらもこうして記念すべき香港での第1回目のコンサートは終わりました。でも、火がついたのかこれ以後、何度も出かけるようになりました。

(いろいろ書きましたが、香港人を揶揄しているわけではありません。私の大切な友人たちです。念のため。)




 

2006.12.08 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(44) コンセントの数が.. (2005.1.29)


【44】  2005年1月29日  コンセントの数が..
3日前に設計士と共に百安居、楽安居へタイルの材料を見に行ったがなかなか決まらず年を越すことになった。

今日は午前中に地王ビルの永亨銀行へ。休み。土、日は休みのようだ。ちょっと情けない。
地王ビルに工商銀行があったので、香蜜山の引き落としがあってもいいように、帰りに2,000元を貯金しておく。
(写真:地王ビル)

まず宝安北路の百安居へ。あんま湯船を変更してもらうよう頼む。足の裏にジェットが来るように。
さらにミニバスで香蜜山へ。

まだ作業をやっていた。香蜜山の休みは2月5日から新年の16日(2月24日)までらしい。20日もあるのか。
コンセントの数を確認する。やっぱり設計図面より少しずつ少ない。水電工に追加を頼む。どうして勝手に決めてしまうのだろう。油断も隙もない。

水電工の話では電源線は1本1.4元/mの線材を使用しているとのこと。通常3本使用するので4.2元/m。
装飾会社の電源線交換の定価はは15元なので、装飾会社はけっこう儲けているようだ。

18,000歩

今季の正月は2月9日、そろそろ町は春節準備。長距離バスも正月料金をとり始めました。30元だった高速バスが35元に。
香蜜山も今年の作業は終了のはずでしたがまだやっていました。どうもトイレの陶粒を処理して終えるようです。陶粒はセメントと混ぜて50センチぐらいの厚さに仕上げるので乾燥に時間がかかりそうなので春節の時間を利用して、と言うことのようです。

リビング天井の組み物も骨組みができてきました。


下駄箱とテレビ台


書斎は埋め込み型ダウンライトの天井ができてきました


多効能室の多目的机と照明の配線


キッチンの天井


トイレ




新年の準備ができたマンションの会所


2006.12.09 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(45) もうひとりのマンション購入者(2005.1.31)


【45】  2005年1月31日曇  もうひとりのマンション購入者
最近天候が曇りっぱなし。
昼から深圳へ。ローンをしている永亨銀行へ。春節に日本に帰省することを考えて9,000HKDを入れる。毎月約3500香港ドルの返済。

104路のバスで香蜜山へ。工事の音は静か。多くのところでは休みに入ったのかも知れない。
棟の入り口のドアがロックされている。玄関の番号キー00#で管理所にインターホン、ロック解除してもらう。入居する頃には非接触式カードでロック解除することになる。今は面倒だが安心できる。
(写真:棟の入り口)

トイレの陶粒はすでに工事がすんでいた。セメントにさわるとまだ柔らかいので昨日工事したのだろう。見ていて、主房のトイレの変更案を思いついた。
写真を50枚ほど撮る。

名雕装飾公司へ行く。設計士はすでに帰郷していた。戻ってくるのは2月20日とのこと。

ネットで知り合ったWさんに電話する。彼も深圳・南山にマンションを買い内装をしたという。
南山の百安居で待ち合わせる。6時前に奥さんと一緒に車で迎えに来てくれた。彼は中国人、奥さんが日本人とのこと。日本語の流暢さに日本人と思いこんでいたので本当にびっくりした。東京にも家があるらしい。

今回終わった内装の物件は貸家にするとのこと。1-2万元の内装費というのにまたまたびっくり。1ヶ月ちょっとで内装を終えたと。これを買ったのは僕と同じ6月ぐらいとのこと。さすがに貸家の内装はお金と時間をかけない。
貸家にするのは現代城華庭65㎡とのこと。40万の費用で購入、家具を付けて3,000-3,500元ぐらいで貸家にしたいらしい。購入時、竹子林の香詩美林とどちらにするか迷ったと言う。

まず現代城を案内してもらい、その後東北料理で食事、彼の住まいである西海湾花園へ。
彼のノートPC、SONYのVAIOに中国語入力の設定ができないというので設定する。

奥さんも気楽な人で、いろいろ話をしている内に思わぬ時間が経ち10時半。彼が奥さんと一緒に皇崗まで送ってくれた。
香港には11時半帰宅。

11,000歩

Wさんともネットで知り合い、買って内装した部屋を見学させてもらいました。中国風の内装。でも2万元たらずでも内装できるのには驚きました。台所のキッチンもちゃんとできていました。
設計会社に頼むとこの金額では全くだめですから、大工さんに頼んで、少しの打ち合わせをして内装します。
日本人に貸すことを目標にしていたらしいのですが、最終的に台湾人に貸したようでした。
一般的に日本人は部屋を丁寧に使うので日本人に貸した経験のあるオーナーは日本人に貸すのを希望することが多いです。


陶粒をセメントに混ぜて固めます- トイレ




飾り棚


多効能部屋のCD-DVDラック


電源の埋め込み配管もほぼ終了


造園もすすんでいます


香蜜山対面に建設中の香域中央花園


2006.12.10 カテゴリ: 生活 

深圳 道路工事と日本製

深圳 道路工事と日本製
本題の前に、まず・・・

昨日香港へ行きました。
香港で香港ドルを引き出して人民元へ久しぶりの両替。

・・と

とうとう人民元が香港ドルを上回ってしまいました。1000香港ドルで998人民元にしか交換できなくなりました。100香港ドルは106人民元という時代は過去のものになってしまいました。
逆の交換は1000人民元で996香港ドルと、こちらのの交換も目減りします。
香港ドルと人民元が対等になった、ということです。

この前換えた時が1000香港ドルで1002元。金額的には今回もそんなに違いはないのですが、1000元を切ってしまうと気分的にショックが大きいですね。
私の前で交換した初老の香港人紳士、彼は「はっはっはっ!!!」と大きく笑いながら交換。笑わなしゃーない。


ところで深圳で建築ばかりか、道路もあちこちでひっくり返して工事中。
使用されている工事用車両、トラック、ショベルカー等々、日本で使用されていたものの中古品が圧倒的に目につきます。まだ日本製以外のものを見たことがありません。

 中古でも充分使用できる、と言うことですね。他の国のメーカー品を見かけないと言うことは信頼性として大きいのでしょう。ショベルカーには「KATO」と「HITACHI」の文字、それに日本時代の会社名がそのまま残っています。
 ダンプカーは三菱ふそう。

ビル建設用のクレーンも日本製。韓国製は安く手にはいるのですが、使い回しができないそうです。日本製ならば何度でも使用できるとのこと。
このへんでも日本製が幅をきかせてます。
KATOのホームページに中国語バージョンがありました。中古ばかりではないようですね。


深圳・深南路の改良工事で
KATOのショベルカー




三菱ふそうのダンプカー


2006.12.11 カテゴリ: 深圳日記 

中国の都市作り、日本の都市作り


中国の都市作り、日本の都市作り
2006年 12月 11日

私のふるさと、奈良。奈良といっても奈良市の南隣の大和郡山市。平城京の八、九条あたりに奈良市と郡山市の境界があります。そのため、古代中国との結びつきの遺産とも言えるものが身近に数多く存在します。1000年級の法隆寺群、薬師寺、唐招提寺などは家から自転車で行ける距離なので学校が終わってからもよく遊びに行ってました。

子供の頃は意識することなくそういう遺産に接していたわけで、中国に好意的になっても見下すことはあるはずがありません。歴史的に見てもこのあたりには帰化人が数多く存在していたはずで、自分の血にも混じっているでしょうし。
で、これらの建築や工芸、文化など、韓国を経由して中国から入ってきたものですし、中国の方に立派なものがあると思っていました。

1300年を耐えてきた法隆寺




同じく1300年を耐えてきた薬師寺東塔




香港や中国で生活し、中国を旅行する中で少しずつ考えが変化してきました。
1992年に初めて中国を訪れてから今までの中国の変化はめまぐるしく、それに連れて都市も大きく変化してきました。羅湖区は始めに開けた所なので狭苦しいのですが、移転した市庁舎付近の建設は広々とゆったりして、私は好き。


平城京の建設は、当時の長安、今の西安の都を手本に模倣したものです。長安の10km四方に対し平城京は約5km四方、長安のメインストリートの道幅150m、平城京の朱雀大路75mというように当時の長安、長さで1/2、面積で1/4にしていました。

中国は大きく作るためなのか、おおざっぱで大きく独創性を感じます。それに対して日本は小さく、丁寧に細かく気を遣いながら作っている感じ。この時代から方向が違うように思います。

おそらくこれは奈良時代当時も同じではなかったかと思うのです。法隆寺、薬師寺など、この時代の建築物が多数メンテナンスのよい状態で残っていますが、中国のそれは大きいのですが、塔が傾いていたりします。でもこれは設計が悪いと言うのでなく、メンテの問題である場合が多いように思います。

これらはどちらがいいと言うことでなく、双方の分担が違うように思います。新しいものを作ったり使うことに躊躇することなくチャレンジする中国と、それらのできたものを使って細かい部分を改良しながら仕上げていく日本という姿ではないのでしょうか。おそらく昔も今もこういう国民性に変わりはないのではないでしょうか。

奈良時代、中国が先生であったことに違いはないのですが、こういうメンテや、細かく気を遣うというやり方は日本の方が先生ではなかったかとふと思ったりするのです。
1300年を生きてきた、薬師寺三重の塔の北側に使われている木材は木を切る前の北側の部分を北側に向けて作られているのです。法隆寺宮大工の棟梁曰く「使い方さえちゃんとしていれば、木は切ってから樹齢までは強さは変わらず、樹齢を超えると少しずつ弱くなっていく」と。

中国・蘇州・虎丘(2000年8月8日撮影)


蘇州・北寺塔の軒の組み物


拙政園


2006.12.12 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(46) 日劇「29歳のクリスマス」 (1997.1.3)

【46】  1997年1月3日(金)  日本のドラマ「29歳のクリスマス」

何となく仕事で明けた新年、ちょっと疲れが...

昨日見た日本のドラマ「29歳のクリスマス」、今日は最終回。
見ない方がよかった。こんな筋を誰が思いつくのだろう。
僕には画用紙に適当に絵の具をたたきつけて画いた絵のように感じられた。
ただ細かい所は判る部分も多く同調できた。
幹がしっかりしていないような感じで、枝葉にこだわっているようだった。
とってつけた理屈で勝手に終わってしまった。

「29歳のクリスマス」のストーリーはよく覚えていないのですが、この日記、かなり怒ってますね。たぶんVCDも持っていたと思うのですが、香港から深圳へ引っ越した時に大量処分でVCDはほとんど破棄しましたので見直すことができませんが、怒りの原因は何となく判ります。
ネットで調べると、山口智子、柳葉敏郎、松下由樹などの出演。私は松下由樹のファンだったので見ていたのでしょう。



滙景花園

私はドラマ好き、香港に来てからは日本にいた時よりはるかにたくさんのテレビドラマを看破しました。1クールで3,4本のだラマを見たと思います。
感動するドラマも多かったのですが、ドラマによってはとってつけたような、全編を通じて一貫性がなくちぐはぐで、前回大きく後悔して反省、改心していたのに、今回はまた同じ繰り返しの筋、みたいなのがよくあります。何か見た目のかっこよさだけを追求して中身のないドラマ(おっと、これは私の感覚です)。

放映が始まってもまだまだ撮影は続いていて、配役のスケジュールによっては本来の筋をどんどん変えてしまうと言ってましたっけ。で、本来筋のあったものがここでごちゃごちゃになってしまうようなこともあるのでしょうがね。
まあ、このへんがちゃんとリアルに描ければ名作となるのでしょうか。新しくなればなるほど、見た目のかっこよさだけの追求が増えてきているような木がするのですが...
最近の韓流ブーム、私はまだ見たことがないので何とも言えませんが、もしかしたら、こういう幹の部分が比較的しっかりしている、と言う可能性を思ったりします。


2006.12.13 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(47) 香港で仕事で初めての徹夜 (1997.1.13-14) / 深圳でこたつ

【47】 1997年1月13 - 14日(月・火) 香港で仕事で初めての徹夜

仕事も最後の追い込み。もう開き直ったが圧迫感はない。
結局オーバーナイトとなる。淡々とすすめる。僕は性格上オーバーナイトでも普通の時とペースは変わらない。学生時代でもそうだった。

すすめていくうち空が白みだし、8時も過ぎた。9時始業だが8時半にならないうちにガチッと音がしてドアが開く。アメリカ人のMr.Pが出社してきた。彼がこんなに早く出社していたとは知らなかった。「Morning」と言い合う。彼の奥さんは中国人で今アメリカにいるという話を以前F氏から聞いた。もとSDIでKさんが連れてきたということだった。今回の配置転換問題で彼も中国に行く。
間もなくして香港人のメイ小姐がやってくる。メイはすぐ僕のところにやってきて、「オーバーナイトか、F氏が寝てる」と言いびっくりしている。
今回のオーバーナイトではこのように朝誰がいつごろ出勤してくるか判ってちょっとおもしろい。
香港人Ms.Oが「お疲れ様でした」と言ってくれる。国籍の違う人たちのオーバーナイトの反応がなんかうれしい。


この次に就職した会社では中国工場技術部で明け方頃まで仕事をしていたことがあります。この時はどういう訳か、朝鮮族中国人の女性技術士がずっと付き合って手伝ってくれました。中国には女性の技術屋というのは普通にいます。

この時は私はホテルには帰らず、椅子がたくさんあったので椅子を並べてその上で寝ました。朝、気がつくと中国人技術屋がたくさん来てまして僕を見てはにこっとしてました。彼らの受けた印象はどうだったのでしょう。あるひとりがここで寝たのかと聞いてきました。
すごいと思ったのは明け方まで一緒に手伝ってくれた彼女が寮に帰って寝ていつも通り出てきたとのことでした。
なんか日本とは違いますね。

(写真はある中国工場)

2006.12.13


深圳は今日は朝から雨ばかり。このところ、温度が下がってきましたのでこたつを出しました。夜にのんびりテレビを見ていたりすると少し肌寒いという程度、日本で言うなら10月初め頃の服装でこたつに入ります。

このこたつ、香港在住時代に日本から送ったものなので電圧を合わせるため、容量1KWの大きい変換トランスを香港で300香港ドルぐらいで買い使用してます。

今ならこんなことをしなくても上海で日本メーカーが作っていますので、220V仕様を取り寄せることができます。以前メールで問い合わせたら深圳なら輸送 料100元で送りますとのこと。本体は布団付き680元と言ってました。ほかにも日本人のエージェントが扱ってますがびっくりするほど高かったので...

2006.12.14 カテゴリ: 雑感香港人 

雑感 - 香港人【4】 バスで・・財布を落とした・・

雑感香港人4 (2006.12.14)

雑感 - 香港人【4】  バスで・・財布を落とした・・

香港に来て、バスの乗り方に慣れて頻繁に使い始めました。地下鉄も便利でいいのですが、周りの景色が見えないためなのか、少々圧迫感を感じるのでバスをよく利用しました。バスの2階の開放感がうれしいですね。
普段着にはジーンズをよく使用してました。このジーンズのおしりのポケットなのですが、日本製、または日本で販売されているジーンズの尻ポケットはかなり浅いのです。香港でジーンズを買うとかなり深くて財布などを入れておいてもポケットの中に入り込みます。

とある日、日本製のジーンズでバスに乗り込みました。停車駅が来て席を立ち出口へ向かうと後から「ウォー!」とうなるような声。広東語なので意味が分からず振り返って見ると、初老の乗客たちが私に目で座席の方を指します。見ると私の座っていた席に財布が....
ジーンズの尻ポケットに入れておいたのですが、ポケットが浅いためでてしまったようです。『あ、助かった』と思い感謝して財布をとりに座席へ。

買い物はキャッシュカードで決済することが多いので、財布に現金はあまり入っていないのですが、身分証、銀行カードなどが入っていて落とせばかなり面倒なことになる所でした。いろいろな日本人に香港はぶっそうだとか聞かされていたので、この時はうれしく思いました。

今は香港人の住居付近ではそんなに気を遣いませんが、尖沙咀などの観光地に行くと気が張りつめ治安に敏感になります。日本でもどこでもそうなのでしょうが不特定多数の人が集まる所は危険があるように感じてしまうのです。深圳なら東門市場、華強路というところですね。何か被害にあったというわけではないのですが。


初めて中国(深圳)を訪れてからもう14年、当時の面影はもうどこにもないくらいに変わりました。建物も服装も全く変わりました。
結局治安とか安全というものは、貧しさ豊かさでも大きく変わるものなのでしょう。
「衣食足りて礼節を知る」の意味がよく分かります。日本でも敗戦直後にヤミ米を食べなければ生きていけなかったと親から時々聞かされてました。「ギブ・ミー・チョコレート」、礼節もあったものではありません。ヨーロッパにしてもコショウとか香辛料を買うお金を得るために同民族を奴隷として売ったと言います。やっぱりどこの国でも似たような経過をたどるのかも知れません。


裕福な香港人仲間達
香港は共稼ぎが基本で給料に男女の区別はありませんから、2人分合わせるとおそらく日本の専業主婦家庭に比べて裕福です。その余裕が財布を落としたことを教えてくれるのでしょう。中国(深圳)も同じ。

もう何年も前、香港人に「日本の街は綺麗のに深圳はどうして汚いと思うか」と聞かれて「まだ貧しいから。10年もしたら綺麗になるよ」と答えました。10年も必要なかったみたいですね、今は急速に綺麗になってます。
最近は中国人と食事を一緒にしたりすると時々おごってくれたりします。14年前ではとても考えられなかった出来事です。
礼節を持つためにはある程度の豊かさが必要ですね。

 

2006.12.15 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(46) 春節で一休み (2005.2.2)


【46】  2005年2月2日  春節で一休み・帰省と逆カルチャーショック
日本は雪だった。

朝7時半の離陸となったエアー・インディア、AI。香港のマンションから空港までバスはぎりぎりと思われたので用心してタクシーで空港へ。高速代など入れ ると300香港ドルを超えていたが300ドルで手を打つ。6時前に空港に到着。空港の店はまだ閉まったまま、簡単に食事をすることもできず、あきらめておとなしく待つ。

AIは初めてだが聞いていたように独特のにおいがある。ほとんどはインドから日本へ向かう人なのだろうか、香港で乗った人よりもかなり多い人が乗っている。僕のこの座席も使ったあとがある。
スチュワーデスもインドの民族衣装のようだ。愛想はよくないけど、別に不満も起こらない。ほかの雰囲気が心地よいのかも知れない。食事も淡々と進むし、終わったらすぐに下げてくれるのがいい。愛想はいいけどいらいらさせられるような感じとはかなり違う。慣れてくると気楽と言うことか。そのうち眠りつき関空へ。

関空での健康申告書の提出。あれと思ったがインドからの飛行機なのでしょうがないのだろう。しかし、税関では荷物の中身を調べられ特設場所へ招待されるという侮辱的行為を受ける。税関員に理由を聞いてもなかなか言わないが、中国と香港を行ったり来たりしているためにはんこが多いことを疑われたということらしい。香港にいれば当たり前のことでとんでもない話だ。だんだん怒りがこみ上げる。思い出しても腹立たしい。

JR駅では荷物があるのでエレベーターに乗ろうとするとすでに僕と同年代ぐらいの人が乗っていて、この人が僕が乗ろうと近づいているのを見ながらエレベーターのドアを閉めた。「え..??、なんで?」と思いダッシュでオープンのボタンを押す。香港なら間違いなくドアを開けてくれる場面だ。彼ははっきりボタンを押してドアを閉めた。またまたむかっとする。

家に着いてからパスポートの新規申請に行く。ページがあと2枚ほど残っているのでみんな使ってからまた来てください、と言う。香港にいれば2ページぐらいすぐになくなる。また体力を消耗しながら事情を説明する。申請書を書きあげると、今度はサインがほんの少しはみ出しているからと、全体の書き直しを要求される。またまた、は?。またまたショック。
香港の領事館でのパスポート申請もあまり愉快ではないが、香港の事情が分かっているせいか比較的良好で楽。次回から香港で申請しよう。

と、まあ、帰国早々さんざんな1日だった。

9400歩

春節で帰省。久しぶりの日本では散々でした。日本を離れて久しいので体が香港、中国に染まってしまったのでしょうか。ちょっと辛かったです。かなりストレスがたまりました。
私は香港が合っているのでしょうか....考えてしまいました。

タクシーは香港の粉嶺から空港まで約45km、300ドル(4800円程度)でした。これぐらいなら次回も...でも香港なのにレシートは何で簡体字?
一ヶ月後に内装再開です。


2003年11月に東京へ出張した時に飛行機から見えた富士山です



2006.12.16 カテゴリ:記録・日記 >  深圳内装日記2004-2005 

中国深圳初内装日記(47) 春節後の香港へ、再びインド航空 (2005.2.26)


【47】  2005年2月26日  春節後の香港へ、再びインド航空
朝8時40分に奈良の家を出る。
関空でインド航空のチケットを受け取る。2時間前に時間厳守で来いとのことだったが遅れても問題なさそうに見えた。時間がありすぎるので3階をぶらつき、たこ焼きを食べ珈琲を飲んで時間を待つ。

席は窓際、隣はおとなしそうな、たぶんインド人男性、色がほどほどに黒かった。前の席は日本人女性2人。インド航空らしくインドに行く人が多いようだった。
飲み物サービスのおつまみの袋が堅い。いくらやっても破れてくれない。お隣さんも同じ。お互いあきらめる。でももう一度挑戦とポケットから鍵を出し鍵の先をナイフにしてあけることに成功、隣のインド人らしき男性にも鍵を貸した。彼はにっこりと「Thank you」。

しばらく本を読むが食事のあと眠りこけている間に香港に到着。天気が悪い。彼はインドまで行くのだろう。彼は僕がでやすいように通路を確保してくれた。さっきの鍵のお礼なのだろうか。嬉しかった。

香港では久々に粉嶺行き43番のバスに乗る。久しぶりの香港にほっとする。

帰省では医者めぐりでした。健康検診、それにいわくつき、懸案の背中のできものの治療。
始めの町医者での治療の判断が悪く、思わぬ長逗留になってしまいました。

この日は香港へ戻るのがうれしいみたいに心がうきうきしてました。こういう心情の時はなぜかいやなことには遭遇しないものですね。ささいなことですが飛行機で隣に座ったインド人(おそらく)もいい人で精神的に気持ちよかったし。

さあ、また深圳で内装の続きが始まります。



私のふるさと。ふるさとはほんとにいいものです。
小さな城下町


でもこの電線群、景観を最悪にしています。子供の頃からいやでしょうがなかった。
下水工事と一緒に埋設工事できなかったものか・・・


近鉄電車


おっと、大阪が近いので・・

2006.12.17 カテゴリ:深圳・香港スポット >  深圳スポット 

《深圳生活》 羅湖区 東門歩行街


羅湖区 東門歩行街
2006年12月17日

深圳で有名な繁華街、東門へ出かけました。私の頭には東の東門、西の華強路とあります。東門は地下鉄「老街」駅付近で名前の通り少し古い繁華街で、古い店と新しい店が混在、多くが新しくなってきましたが、今もあちこちで改装、改造中です。
華強路は地下鉄「華強路」駅の北側で日本橋や秋葉原のような電器屋街ですが、電気関係にこだわらず、生活品もたくさん売っている新しい繁華街です。

日曜日ということもあって、東門は気が狂いそうなほどの人だかり。では、散歩してみましょう












お茶の街頭サービスで引き込まれて普洱茶を買ってしまいました。
 



章魚小丸子はたこ焼きのこと。たこ焼きを売ってる店を何店か見つけました


東莞の長安で食べたたこ焼きはソースが悪かったけどソースを除いた味はよくここよりうまい。
 



それにしても人人人。疲れます。
治安を気にしてか、公安が小さな電気自動車でしょっちゅう見回ってました








散髪屋さんも綺麗になりました・・・



東門東側の東門中路、ここをさらに東へ行きます




カーテンを扱うビルに出ます。「窗帘」はカーテンのことです。
3階にカーテンを扱う小店がひしめきます。
ここは香港人が多いようで、広東語が聞こえます。身なりも香港人のような...
さらに4階には生地を扱う店がひしめきます。大阪船場のセンタービルを小さく押し込んだようで懐かしい雰囲気があります。





さらに東にすすむと厨房器具を専門にした厨安居
これは特大の厨房器具専門店で食堂相手の商売のようです。
日本料理屋用の食器などもそろっています。とにかくすごいので一見の価値あり。
中に入ると広東語が飛び交います。それも聞き慣れた香港広東語みたい。
おそらく香港で食堂を経営している人が買いに来るようです。香港への配送サービスも大々的にやってます。
店の人も私を見て広東語で話しかけてきました。




厨安居付近は生鮮食料品の市場と大阪道具屋筋のような店が並びます。ちょっと古道具屋みたいに見えますが...
厨安居を含めてここらあたりで厨房器具を買うと道具屋筋に比べてかなり安いです。桁が違うと思うようなのもあります。






今日は15000歩でした

2006.12.18 カテゴリ:深圳・香港スポット >  深圳・香港 マンション 

マンション事情


深圳マンション事情
2006年 12月 18日

中国人の友人がまたまたマンションを購入して今日から内装するというので見学してきました。南山区の日本人白人など、外人が多く滞在するところ。付近はまだ開発中ですがウォルマート、それに商業城などもできています。

花園城というマンションで、開発商は深圳招商房地産有限公司であの招商銀行の同列会社とのこと。招商といえば銀行しか知らなかった私はちょっとびっくり。聞けば、不動産とかいろいろなものをやってると言います。ちょっとした財閥。気持ちは複雑ですが、私の中国でのメイン銀行は招商銀行、ちょっと安心も。

何でもこの会社の不動産物件は人気があるとのこと。買えばすぐ価値が上がるとか。ということで売り出されてすぐ売り切れになったのですが、聞いてみると普通の人には情報が遅くて買うのが難しいと。先に情報を知っておいてから、公でない所で手を挙げて買うとのこと。
彼の場合はこの会社の人と仲良くなってこっそり教えてもらったとか。で、この3月に9000元/㎡で買ったのが9ヶ月後の今、すでに13000元/㎡になっているのだそうです。買った人にはこの花園城に4戸を買った人もいるとか。内装で畳を入れて日本人向けに賃貸するそうです。

造園中の花園城


付近はどんどん開発中です。まだ景色はよくないですが...


窓ガラスは台所の小さな窓を除いて全て2重ガラスで防音に気を配ってありました



私が買った時は開発商は自分たちで期日を指定して売り出しを始めていたのですが、今は開発商は売り出す時、政府へ申請、査察を受けて許可をもらってからでないと売り出せないのだそうです。買い手は安心なのですが、この花園城の例のように現状にそぐわない部分も出てくるみたいです。

それにしても中国人で買う人は何度も何度も、何軒も何軒も買っては売りを繰り返していくようで不動産屋や開発商はマンションを買った人を重点的にリサーチするようです。
私のところにも毎日数度の開発商と不動産屋からの電話メールが入ってくるのも納得できました。
携帯電話番号を変えた方がいいのかな...

起工の打ち合わせを終えて食事に行きました。雲南のおいしい米線、米で作った麺類を紹介してくれましたので食い道楽のない私も食べてみました。一口食べて「うまい!」と感激。これが8元とは...

まず具と麺が来ます


そして熱いつゆが運ばれてきて店員さんが具、麺を入れてセットしてくれます


どういうわけかししまいが..


2006.12.19 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(48) 香港人Mr. Tと・・ (1997.1.16)

【48】  1997年1月16日(木)  香港人Mr. Tと

明日から僕は中国だそうだ。会社で言われる。
「中国は土曜日曜も仕事ができるそうだ」と言う。ははは。顔が引きつる。

昼食を香港人のMr. Hと Mr. T共にとる。前に行ったことのあるビルの何階かのところで焼きめしと焼きヌードルを3人でつつく。

夕方、このT氏と話す。
アヘン戦争を絡めた中英関係の歴史や第二次大戦の日本のことなど。
彼は「多くの日本人はアジアを見下している」と言う。「多くの日本人はいいが」と急いで付け加えた。頷く。
日本語で話していて言葉が分からなくても気持ちは感じるもののようだ。


これもちょっと辛い話でした。確かにある日本人は香港人や中国人に対して激しい言葉でののしったりするのを何度か目撃していますので、何も言えません。
日本は戦後の経済発展で安い賃金を求めて台湾、韓国へ進出、これがきっかけで台湾も韓国も発展したと思いますし、おそらくその通りでしょう。

以前、ある香港人の経営者が私たちに語ってくれました。日本が進出した国、台湾も韓国も発展している。これは日本の功績だろうと。こちらから感想を求めたことなのでおべっかも入っているでしょうけど、本音だと思います。
そしてそれに乗った香港も同じように発展してきたと。

ただその反面、この時の会話のような問題もあるのです。これなど、日本にいたら実感として判らなかったのだろうな、と感じた話でした。

2006.12.20 カテゴリ:記録・日記 >  香港在住日記1996-1998 

香港初在住日記(49) 中国東莞工場へ - タクシー (1997.1.18)

【49】  1997年1月18日(土)  中国東莞工場へ -- タクシー

今回の中国工場滞在が少し長くなりそうなので昨日少し準備をした。年賀状が日本から転送されてきたので、漏れている人にはがきを書き、あと各請求書類の支払い。これは街角の支払機で。
郵便局に寄って重量を量ってもらい切手を買い投函。前は2.5元だったのに3.1ドルだというよく分からないが担当者でいつも食い違っているように思う。

ちょっとしたミスがあり出張出発が土曜日になった。イミグレが混んでいて香港イミグレから深圳イミグレへ抜けるのに1時間ほどかかる。時計を忘れたのに気づき目覚まし時計を買う。23元。僕は普通腕時計のたぐいは持たないので忘れてしまった。

深圳で東莞市太平行きのバスのりばを探す。30元。香港ドルで支払う。
太平で下車すると二輪タクシーが声をかけてきた。バイクタクシー。荷物が少なければ乗ってもいいが、今回は普通の四輪タクシーにする。

タクシーは走り出した。これまで数度しか来ていないが見たことない道を通っていく。民家の中をくぐり抜けていく。なんか中国の村みたいでうれしい、いや楽しい。でもなんか違うような気がして、運ちゃんにもう一度地図をみせる。彼は車を降り店屋に聞きに行ったが分からない様子。適当に進むと工場の水道塔が見えてきた。彼にそのことを伝えると、とたんにスピードを上げて目的地にまっしぐら。ほんとうに知らなかったみたい。工場がまだ新しいので知らない運転手のいることは聞いていた。
工場に着くと彼は納得した様子。「謝謝」と言っている。この運ちゃんは値段交渉の時からにこにこしていて気持ちがいい。

今回は事前に先輩から工場までのタクシーの値段を聞いておいて交渉をしたが、相場を知らなかったら、と思うと不安になる。やっぱりタクシーは慣れていない土地では相場を把握しておくことが重要だと感じた。


香港からの郵便料金はアジア地域と欧米地域に別れていますが、日本は欧米地域に分類されています。おそらくこれに慣れていない担当者が間違えるのかも知れません。ちなみに日本までは3.1ドルでした。

当時の日本の国内郵便料金は香港から日本への国際郵便よりもかなり高かったため、日本国内のDM会社が香港から日本へDMを出して郵便料金を倹約する所があったとか。
そのため、香港から日本への郵便料金が高く設定されているのだと推測できました。

今は日本からだす国際郵便の値段は下げられましたが、それでもまだかなり高いですね。

この時の会社ではありませんが1999年に勤めていた会社の深圳の工場付近のようす。

この日記の東莞工場の付近は何もなく(町がない)、町へ出るのに車が必要でしたので、この写真はかなり都会だと言えます。(写真は1999.12.3撮影)

2006.12.01  
中国深圳初内装日記(42) 内装工事第15日 外壁に穴開け (2005.1.23)
2006.12.02  
中国深圳初内装日記(43) 内装工事第16日 内装設計会社へ2回目の支払い (2005.1.24)
2006.12.03  
マンション事情 新築マンション内の仮店舗と香域中央花園
2006.12.04  
マンション事情 深圳香蜜湖とマンションたち
2006.12.05  
香港初在住日記(44) クリスマスイブ、結婚披露宴の招待状 (1996.12.24)
2006.12.06  
香港初在住日記(45) 年末から元旦へ (1996.12.30)
2006.12.07  
雑感 - 香港人【3】 コンサートで
2006.12.08  
中国深圳初内装日記(44) コンセントの数が.. (2005.1.29)
2006.12.09  
中国深圳初内装日記(45) もうひとりのマンション購入者(2005.1.31)
2006.12.10  
深圳 道路工事と日本製
2006.12.11  
中国の都市作り、日本の都市作り
2006.12.12  
香港初在住日記(46) 日劇「29歳のクリスマス」 (1997.1.3)
2006.12.13  
香港初在住日記(47) 香港で仕事で初めての徹夜 (1997.1.13-14) / 深圳でこたつ
2006.12.14  
雑感 - 香港人【4】 バスで・・財布を落とした・・
2006.12.15  
中国深圳初内装日記(46) 春節で一休み (2005.2.2)
2006.12.16  
中国深圳初内装日記(47) 春節後の香港へ、再びインド航空 (2005.2.26)
2006.12.17  
《深圳生活》 羅湖区 東門歩行街
2006.12.18  
マンション事情
2006.12.19  
香港初在住日記(48) 香港人Mr. Tと・・ (1997.1.16)
2006.12.20  
香港初在住日記(49) 中国東莞工場へ - タクシー (1997.1.18)
 ► 次のページへ

Produced by Sceneway copyright © "深圳と香港の日々 - Funny days in Shenzhen + Hong Kong" all rights reserved.
powered by